〈J.W.ベンソン〉自体は元々懐中時計を製造していた時計メーカーでしたが、戦後開始した腕時計の製造は、スイスを中心とする時計メーカーに製作を依頼していました。中でも英国の時計メーカー〈スミス〉が製造を手掛けたモデルはデザイン、クオリティともに極めて高いことで知られています。 今回の個体は1953年、エリザベス2世戴冠記念として〈J.W.ベンソン〉名義で作られた特別なモデル。英国の金銀製品には、その品質を保証するホールマークが裏蓋の内側に刻印されるのが通例ですが、1953年の一時期に、しかも限られた製品にのみ、女王の横顔をかたどった特別なマークの刻印が追加されたものが存在します。腕時計というジャンルにおいてはこのモデルをおいて、今のところ他に類を見ません。この記念すべきコロネーション・ホールマークを持つ腕時計が、スミスではなくJ.W.ベンソン名義であることも、このジュエラーの王室との深い関わりが透けて見える極めて興味深い点です。 そしてスミス製ベンソンの特徴としてお馴染み、ローマ数字インデックスの文字盤もまた秀逸。他のスミスの腕時計とは一線を画す、1930年代のアール・デコ時代に生まれたかのような美しい幾何学図形がローマ数字と一体化する、非常に完成度の高いデザインです。実は1947年から1952年までスミスが用いていたもので、1953年以降J.W.ベンソンがこれを独占的に使用し、別注はおろかスミス社の腕時計にすら使わせないという珍しい経緯がありました。ローマ数字と菱形のクサビが、二重の円の間で一体化して配されるデザイン、細身のブルースチール針は幾何学的な線の配置と一致し、文字盤に一層の調和を生んでいます。 9Kの金無垢ケースは英国のウォッチケースメーカー〈デニソン〉社製。女王の刻印もさることながら、通常このモデルはシリンダースタイルをとっており、シンプルで直線的なラグデザインが通例ですが、このモデルは極めて珍しいカラトラバスタイルのラグを採用しています。 スミス製のベンソンの腕時計には、1950年代後半から15石ではなく16石の受け石を装備したハイエンドなムーブメントが搭載されますが、こちらはその初期にあたる個体でスミスの代名詞とも言える英国製ムーブメントCAL.1215の15石モデルが搭載されます。琉金仕上げや独特のブリッジデザインはそのままに、文字盤と同様の流麗な筆記体による"J.W.BENSON LONDON"のブランドロゴが印象的。 着用するベルトは”アノニム”のブラウン。イタリア・トスカーナで1970年代からフルベジタブルタンニン鞣しに特化するタンナー、コンチェリア800(オットチェント)社が手掛けるバケッタレザーを使用しています。シュリンク工程で生まれる自然なシボが格調高く、また重厚なエイジングが楽しめる一品。