自社ブランドだけでなく、さまざまなリテイラーやブランドの腕時計を手がけたことでも知られる実力派の名門〈シーマ〉による、1930年代の角形腕時計。「ウォータースポート」というペットネームのとおり防水構造を採用した腕時計ですが、見ての通りこの腕時計は角型。通常のスクリューバックと呼ばれるねじ込み構造は採用できない特殊なスタイルですが、「クラムシェル」と呼ばれる特殊な防水構造が用いられたこの時代ならではの一本。やや肉厚で無骨なケースデザインが魅力的ですが、それは単なる見た目だけのものではありません。 このクラムシェルケースは、ウォッチケース専業メーカー〈シュミッツ・フレール(Schmitz Freres)〉社が1936年に特許を取得したもので、フロントベゼルとバックケースが入れ子となり、鍔付きの風防を挟み込むことで防水性を確保し裏側から4カ所をビスで締めるという複雑な設計となっています。雄雌のジョイント巻真が使用されているのも大きな特徴で、いわば腕時計の防水ケースが進化する、その過渡期に生まれたアイディア。 また、アール・デコの影響が色濃いユニークな文字盤デザインもまた秀逸。実にさまざまなパターンが存在しつつも1930年代から40年代早期には姿を消した「セクターダイヤル」と呼ばれるスタイルで、アール・デコの強い影響で円と直線を複合的に組み合わせて時計文字盤に落とし込むというコンセプトを共有していて、特にアワーマーカーが扇状の図形で描かれるのが特徴です。 こちらは特にその初期に見られる、主要なアラビア数字3個がセクターから内周部に描かれるという最もプリミティブなパターン。しかもレイルウェイ型のミニッツトラックがやや内側に配置され、1時間ごとに置かれた印象深いカッパーミラーフィニッシュの太いセクタリングラインがまるで集中線のように描かれた、非常にインパクトのある、かつノンルミナスでドレス要素も伴った見事な仕上がり。 ムーブメントはシーマの角形モデルの名機、Ref.364を搭載。滑らかに面取りされたエッジやストライプフィニッシュ、そして美しい曲線を描くブリッジラインは芸術的の一言。ゴールドシャトンがそれぞれの穴石に仕込まれている点も見逃せません。 着用するベルトは〈アノニム(anonym)〉のブリティッシュグリーン。英国で1860年創業という長い歴史を持つタンナー〈J.ベイカー〉社のブライドルレザーを使用しています。同社のブライドルレザーはオークバーグの皮から抽出するタンニンエキスを用い、1枚の皮に1年半という非常に長い時間をかけるという、2000年前と変わらない製法にこだわるユニークな存在で、重厚かつしなやか、それでいてモチモチとした質感が病みつきになります。