ジャーマンウォッチと聞いて最初に思い浮かぶ名前は、やはりユンハンス。現行品でもシンプルかつ高いユーティリティを兼ね備えた機能主義的なバウハウスデザインを持つ名品が揃います。しかしヴィンテージでユンハンスの良個体を探すのは、まさに茨の道。ドイツは2度の世界大戦で産業を大きく削られ、またドイツ国内の時計市場も他国のような満足な成長を遂げられませんでした。特にユンハンスは1861年創業という長い歴史を持ちつつもチープな腕時計が目立ちます。 ユンハンスの腕時計といえば自社開発したクロノメーター規格のムーブメントで知られ、1956年にはディーター・グループによる買収も相まって世界第3位のクロノメーター・メーカーにまで登り詰めますが、その製品の大多数はメッキケースのため、摩耗のないケースコンディションを有する個体はまず出てきません。翻ってこちらは僕も初めて手に入れる形となるフルSS製のウォータープルーフケースを採用した激レアモデルで、ユンハンス初のクロノメーター、スモールセコンド型Cal.82を搭載した1951年の個体。その文字盤装飾も非常に手が込んでいて、繊細なエンボスインデックスや文字盤外周を飾る精緻なドットインデックスは、もはや雲上ブランドのそれと肩を並べる超絶技巧と言ってもいいレベル。それでいてクロノメーターという、もはや訳の分からない腕時計です。 まず文字盤表面の仕上げ。ホワイトで光沢に仕上げられたフラットなダイヤルの表面はラッカーコーティングのような瑞々しさがあり、見る角度を変えるとその表情が水面の陰影のように微妙な移ろいを見せる。日焼けしてるのではなく、表面が金色にも銀色にも見えるニュアンス。これは実物を見ないと分からないかもしれません。そして鋭角に立体感を持って設えられた楔形インデックスが大迫力。一体成型のエンボス加工ですがアプライドとみまごうような非常に高いプレス技術が注入されているのが分かります。また外周部のドットインデックスの粒ひとつひとつをとっても、ルーペで見るとその繊細さにため息が出ます。 スモールセコンドのレコード盤仕上げも、くっきりとした美しいコントラストを描く。よく見るとスモセコ針もあまり例を見ないユニークなデザインだったりするのにまた感動。さらにブランドロゴのプリントの明瞭さ、質感の良さをとっても、質の高いプリント技術が用いられているのを実感します。文字盤を形成するすべての要素に当時の職人たちの良いモノを作ろうとする想いみたいなものが詰め込まれているのが伝わってきます。 さらに文字盤だけではなく、ケースもすごい。ザラツ研磨を彷彿とさせるケースサイドのエッジラインの美しさたるや。やや大振りな直径34mmに対して17mmとわずかに細身設定したラグ幅も、18mmではなく17mmのベルトを着けてくれ、と言わんばかりの、腕時計全体のバランスを意識した設計者の強い意識すら感じさせます。 ユンハンスはドイツの自社工場でムーブメントを製造していたマニュファクチュールとしても有名。八芒星にユンハンスの頭文字”J”のロゴとともにCAL.82の刻印が見られるこちらのムーブメントは、滑らかな曲線を描くブリッジと高硬度を意図した赤銅色のプレーティングが非常に美しい仕上がり。天真の受け石部分には三つ支えの耐震装置「ルビーショック」に加え、他に類を見ないユニークな構造の調整機構をそなえているのが特徴です。
