〈ミドー〉の代名詞とも言えるベストセラーモデル「マルチフォート」。 1934年にリリースされたこのモデルは、防水性、耐震性、対磁性を備えたケースに、自動巻きムーブメントを搭載するものとしては世界初の腕時計でした。その革新性は同時に高いデザイン性を持ち、エルメスが専用のレザーベルトを製作・販売していたほど。今で言うアップルウォッチのような存在だったのかもしれません。 こちらはこちらは裏蓋にA.T.P.(Army Trade Pattern)の刻印が見られる、英国陸軍が第二次世界大戦中に実際に使用していたモデル。本来は統一されたスペックとデザインの腕時計が英国軍から指示され各社が製造していたのですが、この個体は物資が間に合わなかったためミリタリーユースに適したスペックの民生時計を政府が調達して投入した珍しい例です。その際仲買人としてこの腕時計の納入を手配したのが英国のジュエラー〈ブラヴィントンズ(BRAVINGTONS)〉で、裏蓋にその名が刻印されているのが分かります。 ミリタリーユースということでフランソワ・ボーゲル社が手掛ける堅牢なスクリューバック式ケースに加え、ミドーの腕時計には珍しい手巻きのムーブメントを搭載している点も、自動巻きでは戦地での故障対応が難しいというニーズを満たすものと思われます。 文字盤デザインはアール・デコの花形、セクターダイヤルをセット。特に12、3、9の三方に力強くアラビア数字を配したものは数が少なく、その存在感あふれるルックスは非常に高い人気を惹きつけます。文字盤外周のセクター(扇型)デザインもさることながら、ミニッツレールとアワーマーカーエリアとを隔てるラインに配されたサーモンピンクの配色も実に見事。これらは皆、本来の視認性を高める工夫が凝縮したもので、それらが幾何学的なデザインによって芸術的に昇華された稀有な逸品。ちなみにエルメスが1930年代に販売していたものと同一の文字盤デザインでもあります。 搭載するムーブメントは、フェルサ社のCAL.294がベースとなる手巻きムーブメントを搭載。多くのミドーに搭載される自動巻きムーブメントの場合巻き上げローターのスペースを確保するため裏蓋がロレックスのバブルバックのようにボリュームを持ったシェイプとなるのに対し、こちらはいわばフラットバックのようにやや薄めの裏蓋の形状をとっているのも特徴です。