第二次大戦中、つまりナチス時代のドイツ陸軍に支給された腕時計は、同時代の英国陸軍のダーティーダースと同じく様々なウォッチメーカーが参入し、ある程度共通したスペックとデザインで納入されていました。裏蓋のシリアルナンバーに”DH”もしくは”D”と入るのが特徴ですが、しかしそうした正規の納入経路以外にも、市販の腕時計でも陸軍での制式時計と同様のスペックを持っていれば軍が買い上げて兵士に支給することもあり、特に物資が不足していたドイツや英国ではしばしばそうした例が見られます。 こちらは〈トリトーナ〉というメーカーによって製造された個体で、”WASSERDICHT”とドイツ語で防水性を意味する表記がされています。同社はラウンド型のドイツ陸軍制式時計を正規ルートでも納入していますが、トノウ(樽)形のケースを採用したモデルも一部存在しています。個人的にはむしろこちらの方が時計としての価値は明らかに上だと思います。 それはユニークなケースデザインのみならず、そのトノウシェイプは数少ないフルSS製となる頑強かつ堅牢な防水ケースである点がまず挙げられます。さらにその滑らかな曲線を帯びたフロント部分のデザインは、R(曲線)面を正確に美しく磨き上げるという現在ではほとんど失われた研磨技術をもって仕上げられているという点も重要です。 また注目に値するのは裏蓋のスリーノッチ。「トレタケ」と呼ばれ近年急激に高騰しているロンジンのステップケースモデルと同じ、オープナーの爪を当てる部分が3つしかないユニークな仕様で、その多くはフルSS製で高級モデルにのみ採用されていることから、ロンジン以外でも非常に高い人気を誇るディテールです。 裏蓋のシリアルナンバーは意図的に消されています。これはドイツ軍が常套的に行っており、兵士によって軍から買い上げられた腕時計はこのようにシリアルナンバーが消されるケースが他にも散見されます。 ギルト仕上げの黒文字盤はうっすら擦れが見られるものの、コンディションは良好。夜光が盛られたアラビア全数字、さらにレイルウェイインデックスといった古風なミリタリーデザインはアール・デコに通じ、重厚感際立つSSケースと相まって一層魅惑的な雰囲気を醸し出しています。 着用するベルトは、当店オリジナルの〈アノニム〉。イタリア・トスカーナ地方の名革《ブッテーロ》を使用しています。深い経年変化も楽しめるほか、腕に馴染みやすくその着用感の良さも魅力的です。 » "anonym" LEATHER BELT (BUTTERO / BROWN)