〈ミドー〉の代名詞とも言えるベストセラーモデル「マルチフォート」。 1934年にリリースされたこのモデルは、防水性、耐震性、対磁性を備えたケースに、自動巻きムーブメントを搭載するものとしては世界初の腕時計でした。その革新性は同時に高いデザイン性を持ち、エルメスが専用のレザーベルトを製作・販売していたほど。今で言うアップルウォッチのような存在だったのかもしれません。 とにかく多彩なケース・文字盤デザインのバリエーションを持つマルチフォートですが、こちらは幻といっても過言でない、ステップドベゼルのケースを採用したレアピース。金属の塊を削り出すことで生まれる重厚感もさることながら、ユニークなデザイン性が魅力的です。このケースはウォッチケース専業メーカー〈フランソワ・ボーゲル〉が手掛けたもので、特に名高いスクリューバック式の堅牢な防水構造も見逃せません。 そしてマルチフォートの多くに搭載されるのがバンパー式の自動巻きムーブメントですが、こちらは中でも極めて希少な、内蔵するローターの回転のみでゼンマイの巻き上げ動力を確保した珍しいモデル。こうした動力機構は「ネバーワインド」と呼ばれ、ミドー以外にも散見されます。 リューズの操作頻度が低ければ、その分故障リスクは下がる。現在でも製造数の少ない手巻き非搭載の自動巻きを搭載し、防水構造のケースを採用することで、普段使いの中でできるだけ壊れにくいような設計を実現しています。この思想は〈ロレックス〉の創始者ハンス・ウィルスドルフも同様に抱いており、後に彼は傑作「オイスター・パーペチュアル」でそれを体現させました。その先駆けといっても良い腕時計をミドーは開発していたということになります。 文字盤デザインも、珍しいローマ全数字の夜光インデックスやレイルウェイのミニッツトラックが彩るアール・デコ様式。太身のペンシルハンドのブルースチールと夜光塗料のコントラストも鮮やかです。さりげなくレイルウェイにツートーンの配色を加え、凝縮感に満ちたクラシカルなルックスが秀逸の一言。