〈het〉の腕時計。このブランド自体、おそらくフランス市場で流通していた腕時計と思われる以外、その発音すら明らかではありません。しかしそのアール・デコの強い影響を受けたデザイン性は秀逸の一言。 特徴的な八角形のオクタゴナルケースは、多面カッティングの直線的なデザインと文字盤の曲線とが融合した、アール・デコ特有の表現。コンディションが良く、エッジがしっかりと立ったシャープなシルエットと、多面体が生み出す陰影によって奥行きのある表情を生んでいます。 ギルトダイヤル、もしくはブラックミラーダイヤルと呼ばれる光沢のある黒文字盤は、「下地出し」の技法が用いられています。まず下地となるゴールド等の文字盤に特殊なコーティングインクでインデックスを描き、その上にブラックの塗装を施した後、最後にコーティングだけを専用の溶剤で落とすと下地のゴールドがインデックスとして描き出されるという、非常に手の込んだ製法です。 単なるプリントの場合、摩擦や経年劣化などによってインデックスが薄くなったり消えたりすることがありますが、下地出しの場合その心配はなく、漆黒の文字盤にインデックスがくっきりと光を受けて浮かび上がる独特の美しい文字盤を永く保つことができます。多少暗かろうと視認性を損なわない利便性に加え、高級感を兼ね備えた人気の高いディテールのひとつ。 ゴールドで描かれるレイルウェイ・トラックと折り重なる同心円。アール・デコ特有の幾何学的な図形が彩る文字盤には、テーパードバトン形の時分針が印象的。この針の形状は1940年代以前の腕時計に散見されるスタイルで、時代性を映すクラシカルなディテールであると同時に、ファッショナブルなルックスを生み出す重要な装置となっています。