1920年代頃に産声を上げた自動巻きムーブメント。一般的には手巻きムーブメントに自動巻き機構を載せるため手巻き機能を併用するものがほとんどですが、それを敢えてなくし、内蔵するローターの回転のみでゼンマイの巻き上げ動力を確保した珍しいモデルがこちら。〈ユニオンスペシャル〉名義で1940年代に作られた、その名も「ネバーワインド」です。このブランドについて詳細は不明ですが、当時英国市場を中心に腕時計を製造販売していた〈ロータリー〉傘下のブランドとして散見されます。 リューズの操作頻度が低ければ、その分故障リスクは下がる。現在でも製造数の少ない手巻き非搭載の自動巻きを搭載し、防水構造のケースを採用することで、普段使いの中でできるだけ壊れにくいような設計を実現しています。この思想は〈ロレックス〉の創始者ハンス・ウィルスドルフも同様に抱いており、後に彼は傑作「オイスター・パーペチュアル」でそれを体現させました。このユニオンスペシャルの腕時計は、その先駆けといっても良いモデル。 このケースの防水設計は、スクリューバック式以前のユニークな構造となっており、フロントベゼルとバックケースが入れ子となり、「ツバ」付きの風防をゴムパッキンで挟み込むことで防水性を確保し、裏側から4カ所をビスで締める方法をとっています。 これは「クラムシェルケース」と呼ばれ、ウォッチケース専業メーカー〈シュミッツ・フレール(Schmitz Freres)〉社が1936年に特許を取得したアイディア。ステップドベゼルのケースデザインに加え、バンパーオートのムーブメントを搭載する分ぶ厚くなったケースにより、サイズ以上の存在感を放っています。 ギルトダイヤル、もしくはブラックミラーダイヤルと呼ばれる光沢のある黒文字盤は、「下地出し」の技法が用いられています。まず下地となるゴールド等の文字盤に特殊なコーティングインクでインデックスを描き、その上にブラックの塗装を施した後、最後にコーティングだけを専用の溶剤で落とすと下地のゴールドがインデックスとして描き出されるという、非常に手の込んだ製法です。 文字盤デザインもアール・デコの影響が濃い秀逸な出来。アラビア数字は面長にアレンジされ、放射状に並べられています。レイルウェイ状のミニッツトラックとスモールセコンドとの延長上に、このバーインデックスを模したアラビア数字が置かれることで、盤面全体が統一感に包まれる見事な手法。アール・デコの幾何学デザインの真髄です。 ギルトダイヤル、クラムシェルケース云々が揃ったいわゆる役物ですが、このチャレンジングな腕時計をあの時代に実現しようとした開発者のスピリットに思いを馳せたい。そんな一本。