デニムやレザーなどと違い、腕時計というジャンルでエイジングの美が認められることは非常にまれ。ただし中には、それが圧倒的な存在感となって訴えてくるものもあります。 ロンドンで出会ったこの1940年代の〈ヘルヴェティア〉は、特に惹き付けられるものがありました。クロームプレートの表面的な磨耗は決して雰囲気を損なうことなく、むしろミリタリア特有の質実剛健な生命力を引き出す重要な装置となっています。 ごく稀に市場で見かけるこのモデルは、第二次大戦中のドイツ陸軍で支給されていた同社の腕時計と同一の仕様。大きな違いは文字盤のブランドロゴの上に"WATERPROOF"のスペック表記が追加されるほか、ドイツ陸軍正式時計を示す"DH"(Dienstuhr Herr)の刻印がないと言う点。おそらくドイツ陸軍で採用される予定だったロットが戦後行き場を失い、民生用にモディファイされたモデルと思われます。 機密性の高い防水ケースは、ドイツ陸軍の折り紙つき。搭載するムーブメント"82A"は、通常は単一のブリッジが被せられる三、四番およびガンギ車に、それぞれ独立したブリッジが乗せられた「三つ指」と呼ばれるスタイルが特徴。あえて工程を簡略化せず、コストをかけて作られた結果、高いメンテナンス性と耐久性を得た質実剛健なムーブメント設計が見て取れます。 あえて今半世紀以上も昔の古い時計を身につけるとき、そのクラシカルなデザイン性をファッション的に楽しむと同時に、その数奇な運命に思いを馳せる、敬意にも似た感情を抱くことがあります。